しじみの貝がら

テキトーブログでこんにちは

【お知らせ2】ブログの方針などの大幅な変更

shijimi-no-misoshiru.hatenablog.com

上の記事で新ブログの開設とそれに関連した変更事項をお知らせしましたが、これに加え大幅に今後の方針を変更することにしましたので、ここに記します。

 

まず、本記事執筆段階において、今までほっそりと続けていたWixというホームページ作成サービスを利用したホームページの運営を停止しました。運営していたといってもロクに更新してなかったので、ムダだろうと判断したためです。

 

次に、実況用ツイッターアカウント@shijimi_liveを削除しました。これも上と同様の理由です。

 

また、細かいことですがしじみの貝がら」のカテゴリーである「雑談」と「お絵かき」を「その他」として統合しました。

 

 

なので、現在利用しているSNS・ブログサイトは次の4つになります。つまり、ツイッター @shijimi_san、PIXIV、本ブログ「しじみの貝がら」、創作ブログ「しみじみしじみ」(、ツイフィール)です。

そして、これら4つについても大幅に変更し、創作に特化してSNSを利用していこうと考えています。

具体案としては、

 

ツイッター@shijimi_san:

ほぼつぶやきや閲覧をやめ、ブログをはじめとする投稿内容のお知らせのツイートのみに簡略化

・PIXIV:

変更なし

・本ブログ「しじみの貝がら」:

「雑談」カテゴリーの更新ストップ

全体的な更新頻度は今まで以上に少なめに

「お絵かき」カテゴリーでの投稿はごく限られたものに絞る

今後は攻略やレビュー記事といった比較的「役に立つ」ことを意識した記事の投稿に限る

 

・創作ブログ「しみじみしじみ」:

メインブログとして利用

他で労力を削減する分こちらに注力

(前記事のお知らせと被るが)雑記とお絵かきを主軸として活動

 

を考えています。

 

つまり、繰り返しとなりますが、今までよりも一層創作を意識したSNS上での活動を行おう、ということです。といっても、こうお知らせしたところで別にペースがあがるとかいう訳では無いんですが、広がりすぎた活動領域を一旦見直して本当に興味のある分野に絞って今後はやっていこうと考え、今回の更なる変更を行うことにしました。

そのため、今後はPIXIVとブログ「しみじみしじみ」を主軸に活動していきます。

以上の理由のため、全体的な更新頻度としては下がることになりますが、ひとつひとつを丁寧に、自分なりにクオリティの向上を目指していこうと思います。

 

今後ともよろしくお願いします。

 

20180922 更新

 

【お知らせ2】ブログの方針などの大幅な変更

shijimi-no-misoshiru.hatenablog.com

上の記事で新ブログの開設とそれに関連した変更事項をお知らせしましたが、これに加え大幅に今後の方針を変更することにしましたので、ここに記します。

 

まず、本記事執筆段階において、今までほっそりと続けていたWixというホームページ作成サービスを利用したホームページの運営を停止しました。運営していたといってもロクに更新してなかったので、ムダだろうと判断したためです。

 

次に、実況用ツイッターアカウント@shijimi_liveを削除しました。これも上と同様の理由です。

 

また、細かいことですがしじみの貝がら」のカテゴリーである「雑談」と「お絵かき」を「その他」として統合しました。

 

 

なので、現在利用しているSNS・ブログサイトは次の4つになります。つまり、ツイッター @shijimi_san、PIXIV、本ブログ「しじみの貝がら」、創作ブログ「しみじみしじみ」(、ツイフィール)です。

そして、これら4つについても大幅に変更し、創作に特化してSNSを利用していこうと考えています。

具体案としては、

 

ツイッター@shijimi_san:

ほぼつぶやきや閲覧をやめ、ブログをはじめとする投稿内容のお知らせのツイートのみに簡略化

・PIXIV:

変更なし

・本ブログ「しじみの貝がら」:

「雑談」カテゴリーの更新ストップ

全体的な更新頻度は今まで以上に少なめに

「お絵かき」カテゴリーでの投稿はごく限られたものに絞る

今後は攻略やレビュー記事といった比較的「役に立つ」ことを意識した記事の投稿に限る

 

・創作ブログ「しみじみしじみ」:

メインブログとして利用

他で労力を削減する分こちらに注力

(前記事のお知らせと被るが)雑記とお絵かきを主軸として活動

 

を考えています。

 

つまり、繰り返しとなりますが、今までよりも一層創作を意識したSNS上での活動を行おう、ということです。といっても、こうお知らせしたところで別にペースがあがるとかいう訳では無いんですが、広がりすぎた活動領域を一旦見直して本当に興味のある分野に絞って今後はやっていこうと考え、今回の更なる変更を行うことにしました。

そのため、今後はPIXIVとブログ「しみじみしじみ」を主軸に活動していきます。

以上の理由のため、全体的な更新頻度としては下がることになりますが、ひとつひとつを丁寧に、自分なりにクオリティの向上を目指していこうと思います。

 

今後ともよろしくお願いします。

 

20180922 更新

 

【お知らせ】新ブログ開設

タイトルのとおり、新ブログ「しみじみしじみ」を開設しました

shijimi-san.hatenablog.com

といっても、同じはてなブログで見た目的にはあまり変わりませんが。

それならなぜ新しく開いたのかという話になりますが、理由としては、創作と、レビュー記事や報告とを分離させるためです。

以下で具体的にだらだら書いてますが、最後にまとめてます。

 

具体的には、本ブログ「しじみの貝がら」では、アニメやゲーム、マンガをはじめとするレビューや攻略、お知らせといった内容の記事を投稿していきます。

他方、新ブログである「しみじみしじみ」では、基本的に創作オンリーとなります。そのため、新しいお絵かきの投稿は、主としてPIXIVとこの新ブログにて行います。ただ、PIXIVと新ブログをどう使い分けていくかというのが今後の課題となります。

あと、創作を投稿するといっても、はてなブログの規約上投稿が難しいと思われるもの(回りくどい表現でスミマセン)はPIXIVのみで載せていこうと思います。その場合は、「しみじみしじみ」にて掲載はしませんが、PIXIVで新たに更新したとだけお伝えします。

 

まとめると、

・新ブログ「しみじみしじみ」は創作のみ、このブログ「しじみの貝がら」はその他もろもろ

・創作の掲載優先度は「しみじみしじみ」≧PIXIV

・PIXIVのみに投稿する作品もある(ただし、「しみじみしじみ」にてお知らせは行う)

となります。

 

以上のとおり今後は活動していこうと思います。という、お知らせを兼ねた自分の行動計画表でした。もし本ブログをご覧になって下さっている方がいらっしゃれば、新ブログのほうもよろしくお願いします。

 

一応最後にもうひと貼り。

shijimi-san.hatenablog.com

20180922 変更

【レビュー】監督ルシール・アザリロヴィックの映画『エコール』:ルイス・キャロルのまなざし?

※ネタバレ注意※

 

 

ルシール・アザリロヴィックという映画監督を知っているでしょうか?ぼくは、彼女の監督作品である『エコール』と『エヴォリューション』という映画を見て以来、すっかりその世界観にハマりました(ウィキペディアによると、アザリロヴィックが監督を務める長編映画はこの2作のみのようです)。そこで、今回はかなり前にみたので断片的な記憶しか留めていませんが、それをもとに未だ自分に残り続ける印象を絞って綴っていきます。

ちなみに、アザリロヴィックの配偶者であるギャスパー・ノエも映画監督で、主題的には彼女と共通したものを取り扱っているように感じましたが、彼女とは真逆とも言える雰囲気が作品内に立ち込めています。両者の作品はともに典型的な「ハマる人はハマるし、ハマらない人はハマらない」、芸術志向の映画と言えるでしょう。ノエの監督作品についてはまた機会があれば触れていきたいと思います。

 

それで、この『エコール』という映画ですが、この映画は、何人もの年端の行かぬ少女たちが、森の中にひっそりと佇む洋館を舞台にバレエの稽古に取り組む様子を描いたものだと言えます。こう簡潔に表してしまうと、面白みも何もない(いや、実際盛り上がる場面は無くひたすら淡々としているのである意味でその通りで、そもそもそうした面白みをこの映画に求めるべきではないのかもしれません)ですが、比喩的・抽象的・曖昧で視聴者の想像力に多くを任せている描写が他の映画とは一線を画しており、さまざまな解釈を許す作品となっています。そこで今回は自分なりの解釈をしてみようと思い立ち本記事の執筆に至りました。

 

この映画に出てくる少女たちは小学校低学年くらいの年齢のころ、どこからともなく上述の洋館にやってきてバレエの稽古に励み、小学校高学年くらいの年齢でバレエの本番を行い、洋館のある森の外へおそらくバレリーナとして巣立っていきます。つまり、これは自分なりに解釈してみると、不安定で脆い存在としての少女は最初森の中で匿われて日々を過ごしており、そうした美しくも危うげな世界を監督は幻想的に描いています。が、そうした世界も成長とともに終わりへと向かいます。その証拠に、稽古を積み成長した少女たちは客にバレエを見せ、舞台という新たな世界へと歩みを進めています。しかも、決定的な出来事として、外の世界に出た(ヒロインのうちの一人の)少女は、街の噴水で少年と出会います(この映画で具体的な一人の男性として描かれるのは、最終盤に現れるこの少年だけだと記憶しています)。これはそのまま、異性との出会いという性のめざめを描いていると考えることができます。こうして少女は心身ともに成熟した女性へと向かうことになります。

この際ぼくが思ったのは、監督はこうした少女の成長を素直に喜んでいるのではなく、ある意味悲しんでいるのではないか、ということです。普通なら成長するというのは良いこと、喜ばしいことのように考えられるでしょうが、ここでは少女という二度と戻ることのできない状態やその日々を、懐かしさを伴って監督は回想しているのではないか、と思えてなりません。「あの頃は良かった」という美的に増長された懐古が、少女という存在を介して行われているというわけです。

(しかし、これはぼく自身が男性だからそう解釈しているのだという可能性があり、そうだとすると女性であるアザリロヴィック監督とは解釈を異にする可能性があります(既に言及している通り様々な解釈を認めるような描写なので、解釈を一致させる必要も無ければ、そもそも一致できる可能性すら無いのかもしれませんが)。ただしこの点に関して、情報源がウィキペディアであり信ぴょう性に欠け申し訳ないですが、「少女愛」という項目を見てみると少女愛の主体が女性である場合を「女性少女愛」と呼ぶことがあるようで、こうした言葉が存在すること自体、それに該当する女性が存在することを示しているのだと考えるならば、監督ももしかするとそれに当たる節があり、そうなれば、もしかするとぼくの読みと、それに続く次の結びつきも一つの可能性として考慮に入れても良いのかもしれません。)

 

そうして、この映画から以上の懐古をぼくに引き起こさせたわけですが、そうなるともう一つ心の中でこの映画とリンクさせずにはおけないことがあります。

それが、ルイス・キャロルです。ルイス・キャロルは『不思議の国のアリス』など一連のアリスシリーズで児童文学に新たな風を吹き込んだ人物として有名です。そのアリスシリーズに登場するアリスは実在するアリス・リデルという少女がモチーフとなっています。また、キャロルは少女たちの写真を撮影していたり、膨大な数の少女への手紙が送られていたりしたことが明らかとなっています(詳細は、写真については写真集がいくつも出されています。また、手紙については平凡社ライブラリー『少女への手紙』で確認できます)。さて、そこにキャロルに俗にいう「ロリコン」だとかそうでないとかの議論があるわけですが、本当のところどうなのかというのは、本人に尋ねてみないことには分からないでしょう。いや、本人に尋ねてみたところでどれだけ自覚的であったかは知れたことではありません。

ここで、この記事の主題である映画『エコール』に関係づけて言いたいのは、色々噂のあるキャロルですが、キャロルと『エコール』の、少女に対する眼差しには共通点があるのではないか、ということです。

本記事では前述の『少女への手紙』の訳者・解説者によるあとがき・解説から、『エコール』とルイス・キャロルの手紙との共通点をそれとなく指摘しておきたいと思います。

まず、『少女への手紙』の解説を手掛ける高橋宣也(p.247)によると、

「そんな殺伐とした言葉[ネット空間における思慮のない言葉などのこと、本記事執筆者注]が飛び交う、情の薄い人間関係の問題に最もさらされやすいのが「少女」という存在かもしれない。子供と大人の狭間にある危うい心と体。そんな年ごろ、あるいはそれに差しかかるもう少し幼い歳の少女たちに向けて、ルイス・キャロルも弛まず手紙を送り続けた。だが手紙を通して彼女たちに、彼は何ときめ細かい情愛を注いでいることだろうか。」

とキャロルを評価しています。これは正に『エコール』においてそうした「危うい心と体」にある少女を隔離している森という幻想的な空間に象徴的に表されていることではないでしょうか?

また次に、『エコール』では巣立っていった少女たちと入れ替わるようにまた少女が森にやってくることが暗示されています。これは、『少女への手紙』のあとがきを務めた高橋康也高橋迪の以下のような、ルイス・キャロルの少女への手紙に対する考えに符合するのではないでしょうか(p.242)(フィルムの「コマ」は漢字からカタカナに変更しています)

「……ひとつひとつの手紙はたったひとりの少女のために、ある偶然の、具体的なきっかけによって書かれた、繰り返しのきかぬ行為であった。そして生身の少女が時間の直線的な流れに浮かぶ存在であり、手紙がそういう少女にあてられた一回性の行為であることを、よくよく知っていればこそ、キャロルはつぎつぎに新しい少女友達を求め、つぎつぎに新しい手紙を書く。そうすることによって、つまり年をとり過ぎ去ってゆく少女の数を限りなく増やすことによって、ひとりの[「ひとりの」に傍点、本記事執筆者注]少女の面影を静止させることができないか。フィルムは止めようもなく廻る。しかしフィルムの各コマに、似たような人物をひとりずつ撮っておくならば、フィルムの回転は結局ひとりの人物を映し出すこととほぼひとしいのではないか。ひとつひとつの手紙は、そのようなフィルムのコマにあたる。」

この考えによると、キャロルは手紙をつぎつぎに新しい少女友達に送ることによって、一方、アザリロヴィック監督の描く『エコール』は森の中で密かに行われるバレエの稽古の上達(とそれと同時進行する心身の成長)による少女たちの入れ替わりという描写によって、少女というかけがえのない存在を二人は自分自身に/視聴者に留めさせようとしたと考えられるのではないでしょうか?つまり、キャロルも『エコール』も、表現方法は違えど内容的にはかなり近いことを伝えようとしているのではないか、ということです。

 

また、本記事において断定することなく疑問としていろいろ提示してきました。これはここで紹介した作品が多様な読みを認めているのだというぼくの意図を示すためです。また、今回は少女にまつわる話をしてきましたが、実際のところは少女だけに限ったものではなく、より普遍的な想像に根差しているのだと思います。言うなれば、自分の心にひっそりと住まい続ける危うげながらも優しい幻影、のようなものです。この幻影が今回取り上げた作品では少女だったというだけで、人はそれぞれ自分にそうした幻影を持ち合わせていると思います。本ブログでは一応、サブカル的な話題を取り上げることが多いので、サブカル的なものからいくつか例を取り上げるならば、おねショタのような関係性であったり、ショタコンの人がショタに対して抱く気持ち、といったものになるでしょうか?いや、セクシャリティにだけ該当するものではありません。「あの夏の日」など、今となっては戻ることのできない、おぼろ気で、それゆえ懐かしさを覚えるようなもの全てに当てはまるでしょう。

それゆえ、『エコール』は一見したところ「その手の趣味の者しか好かない」ような作風ですが、実際のところ、普遍的な意味を持ち合わせた意義深い作品となっているのです。

最近のレトルトカレー

最近、レトルトカレー食べてますか?

 

ぼくはしばらくの間食べていなかったんですが、つい最近、ひさびさにレトルトカレーを手に取ってみたところ、すごい進化を遂げていたので、ちょっと書いていきます。

 

従来のレトルトカレーは調理する際、湯せんか、中身を開けてレンジでチンするかの2種類だったと思います。湯せんは結構時間がかかるので、レンジが使える状況だったら基本的にレンジを使っていました。ただ、そのとき一度皿に移すことになりますが、ルーは冷めているため、固まっていて取り出しづらいです。このように、レトルトカレーカップラーメンに比べるとやや面倒な印象がありました。まあ、レンジでチンするだけでカレーが食べられるってだけでお手軽すぎるくらいではあるんですが。

そんな中、第三の調理法がいつの間にかレトルトカレー業界では開発されていたようです。それが、「箱を開けて中のパウチごとレンジでチン」という方法です(この名称は適当に考えました)。つまり、従来のレンジ調理の場合には必要だった「パウチを開けて皿に移す」という手間をすっ飛ばして箱さえ開ければ温めるようになったということです。これってなかなか凄くないですかね。ほんのわずかな手間の差でしかないんですが、この痒い所に手が届くようなアイディアに感動してました、というお話でした。ちなみに従来の調理法(湯せんや、中身を開けてレンジでチン)もできるようです。

 

おまけな話として、こんな素晴らしいアイディアがいつから導入されていたのか少し調べてみたところ、「ねとらぼ」の2013年2月6日にはすでに以下のような記事が掲載されていました。

nlab.itmedia.co.jp

結構前から売られてたんですね…。相当数の引用もされているようです。

 

日本経済新聞のサイトでは、レトルトカレーに限った話ではないですが、この新調理法が可能となった技術について簡単に説明がされています。

www.nikkei.com

ちなみに「ねとらぼ」の記事で紹介されている「ボンカレー」のほかに、「ククレカレー」や、名前は忘れましたが他のレトルトカレーでも、この新調理法が導入されていることを確認しています。

 

ながらくレトルトカレーを食べていない人はこの新技術に驚いてみよう!

 

現代社会の要求する効率化に毒された怠惰な人間がお送りする記事でした。

【レビュー】ファンタジーライフLINK!【3DS】【パート2】

前回の記事

shijimi-no-misoshiru.hatenablog.com

 

前回の記事で、ファンタジーライフLINK!という3DSのゲームに少し触れたんですが、それからひたすらやってて、とりあえず一区切りついたところなので更新。このゲームをご存知の方に向けて言うならば、本編クリア後のとある島に到着したあたりです。

 

前に紹介したメイドインワリオ・ゴージャスはプチゲーム主体で、ストーリーはあってないようなものなので、ほんの数時間でエンディングを見ることができます。が、このファンタジーライフは確かに本編はクリアしたものの、実際のところはまだまだ序章に過ぎず、これからがやっと本番という感じです。

 

そこで今回は実際のプレイを通して、このファンタジーライフがどんなゲームなのかについて、ほんのさわりの部分だけ紹介したいと思います。

 

このゲームではライフ[職業のこと]は大まかに分けて3つあります。つまり、戦闘職、採取職、生産職といった具合です。それぞれ互いに絡み合っているので、どれが特に重要と言うのはさけるべきかもしれませんが、何をするにしても冒険中には妨害してくるモンスターが存在するので、自分としてはやはり戦闘職が要にくるんじゃないかと思います(念のため言っておくと、このゲームはほぼ戦闘することなしに本編をクリアすることも可能であり、そういうプレイスタイルももちろんあります)。

そして、その戦闘職として、ぼくは傭兵というライフを選択しました。傭兵とは大剣でガンガン攻撃していくライフのことで、とあるWikiによると中~上級者向けとあります。攻撃モーションがゆったりとしているので敵の攻撃は避けづらく、盾などもないですが、防御力は高めなのでポーションをがぶ飲みさえすれば今のところは切り抜けられています。その他の戦闘職としては、王国兵士[片手剣+盾]、狩人[弓]、魔法使いがありますが、プレイしたことないので詳しいことは分かりません。傭兵でひとまず満足いくところまでいったら、次は王国兵士を使う予定です。

あ、言い忘れていましたが、このゲームはデメリット無しで他のライフへ転職することが可能です。それに、転職しなくても、使用中のライフ以外の職が専門とすることも一応できます。ただ、何かを専門的にしたい場合、その都度転職して使用するほうが良いです。

 

で、これまでライフというシステムについて説明してきたわけですが、これはファンタジーライフのまさに根幹であり魅力にあたる部分です。なぜかと言うと、このファンタジーライフは、言ってしまえばMMORPGライクなゲームなんですが、そのMMORPG感をもちつつオフラインでのんびりマイペースに楽しめるからです。「いや、RPGはやっぱりオンラインでしたいんだよ!」ってひとももちろんいるでしょう。ただ、MMORPGの場合、面倒な人間関係ができたり(これはオンラインゲームの醍醐味でもありますけどね)、1つの役職で精いっぱいだったりってことがあるかと思います。この点、ファンタジーライフは、LINK版だとオンラインもできますが、基本的にオフラインで楽しめるようになっています。なので、人間関係に煩わされたり、ほかの職もしたいのに余裕なくてできない、なんてことがありません。つまり、オフラインゲームとオンラインゲームの良いとこどりをしたようなゲームがこのファンタジーライフってわけです。そして、見事に(まんまと?)僕はその魅力にとりつかれてしまいました。

ちなみに、以上の理由から、オフラインのゲームしかしたことけどオンラインに興味がある人や、その逆の人にとって、架け橋となるゲームとしてもオススメです。

 

興味がある方はプレイしてみてはいかがでしょうか?

 

 

次回も更新するかもしれません。その場合はもっと踏み込んでプレイヤー向けに書いていく予定です。