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【感想】モーガン・スパーロックの『スーパーサイズ・ミー:ホーリーチキン!』を見てみた

モーガン・スパーロック(Morgan Spurlock)の『スーパーサイズ・ミーホーリーチキン!』(原題:Super Size Me 2: Holy Chicken!)をみた。

この「スーパーサイズ・ミー」シリーズは原題どおり本作で2作目となる。

ここでは、『スーパーサイズ・ミーホーリーチキン!』(以下、省略して『2』)について大まかなあらすじとちょっとした感想をしるしていく。

 

以下、ネタバレ注意!

 

モーガン・スパーロック監督のてがける『スーパーサイズ・ミー』シリーズは、作品内でファーストフードにかかわり、その様子を記録しつつファーストフード業界を批判していく、いわゆるドキュメンタリー映画だ。

ファーストフード業界の暗部に大胆にせまっているため、ふつうなら作品内は不穏な空気が終始ただよいそうなものだ(実際、現実をとりあつかう以上そういう場面もすくなからず存在する)。

しかし、あくまで監督はユーモアをもって皮肉るため、腹をくくらないとみられないというわけでは決してない。

だからといって、テーマを軽々とした気持ちで扱っているわけではない。

この、社会問題に対して真剣に向かう姿勢と、監督自身のもつ良い意味での軽さが絶妙なバランスを発揮しているのが、本シリーズの特徴だと思う。

 

さて、これから映画の中身に入っていく。

『2』では、スパーロック監督自身が前作(『スーパーサイズ・ミー』)にて批判したファーストフード業界に参入することで、業界の現状を、身をもって体験していく。

 

『2』は主に2つのパートに分けられると思う。

1つがファーストフード店をおこすための準備パート、もう1つが食肉用の養鶏場の運営パートだ。

 

ファーストフード店の準備を行うにあたって、まず、ファーストフード業界全体の前作『1』以降の変化が指摘される。

その変化とはつまり、健康志向である。

しかし、実際にはその健康志向が表面的であり、本質的な変化は特にないという。

なぜ健康志向が表面的であるかというと、ファーストフード業界は自身の商品がヘルシーであることを示すために、言葉のあやであったり、雰囲気の演出にのみ走っているからだ。

作品内で挙げられる例として、たとえば、「クリスピー」という言葉がある。

「クリスピー」とは本来さくさくとした食感を表現されるために用いられる言葉である。

しかし、ファーストフード業界では「フライ(ド)」、つまり揚げ物に対して用いられるという。揚げ物(フライ)というと、油をたくさん用いた不健康そうな食べ物という響きがある。しかしクリスピーというと、揚げ物というよりも食感のほうに焦点を当てた表現であるため、食品の美味しさという面が強調され、消費者のウケが良いということなのだろう。

スパーロック監督はファーストフード店を開くにあたって、そうした、ファーストフード業界が暗に用いている見かけをよくする表現、いわゆるダブルスピーク的な用法を皮肉り、逆にそうした表現を大胆に用いる手段をとる。

こうした例をはじめとして、スパーロック監督は各分野の専門家にファーストフード店運営の相談をもちかけ、うわべだけの健康志向を徹底的に追及していく。

この追及の過程で、最初は真の健康志向を目指していたはずが、段々、消費者をだますためにファーストフード業界の用いる巧みな手段に転換していくさまが、見ていて楽しい。

 

『2』のもう1つのパートとして、養鶏産業がある。

スパーロック監督はファーストフード店の運営にあたって、自ら養鶏場の運営も行おうと考える。

僕としては最初、『2』は『1』と同じくファーストフード業界の批判に終始するかと思って視聴したため、「ファーストフード店を運営するためにここまでやるか?」と感じた。

しかし、ずっと見ていくにつれ、ファーストフード業界、ひいては食品業界全般と養鶏産業が密接に関係していることや、養鶏場の運営者の悲痛な思いがひしひしと伝わってくる。

『2』が取り上げる題材として妥当だし、取り上げなければならない社会問題だと感じた(といっても本作はアメリカを舞台にしており、日本とは分けて考える必要はあるだろうが)。

長年の育成選択により通常の鶏の何倍ものスピードで成長し、自身の脚を壊すまでに肥大する食肉用鶏、「放し飼い」という食肉に対する表記が実はほとんど意味がなくイメージとかけ離れていること、養鶏場運営者が彼らを束ねる組織に搾取されていること、養鶏場運営者の涙、エピローグ的に語られる、終わらぬ厳しい現実…。

これらの事実が作品を通して突き刺さる。

視聴者としては日々の生活の裏方を支える人びとのことについて再考する機会となった。

 

これらが、『2』の大まかな内容だ。

スパーロック監督の作品は批判ありきだという声もあるかもしれない。

しかし、本作品が描いているのは真実の一側面であることは確かだ。

視聴者としては、この作品自体を批判的に摂取することが、本作品の楽しみ方であるし、社会との健全な向き合い方となるだろう。